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東京地方裁判所 昭和55年(ワ)4469号 判決 1981年8月25日

原告 甲野太郎

右訴訟代理人弁護士 鈴木三郎

同 島田達夫

被告 甲野春夫

<ほか一名>

右両名訴訟代理人弁護士 市川巌

主文

1  被告らは原告に対し、別紙物件目録記載第三の建物を収去して同目録記載第一の(三)の土地を明渡せ。

2  被告らは各自原告に対し、金三九万五、九四〇円及びこれに対する昭和五四年八月九日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

3  原告のその余の請求を棄却する。

4  訴訟費用はこれを二分し、その一を原告の負担とし、その余は被告の負担とする。

5  この判決は前記第二項に限り仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告

1  被告らは原告に対し、別紙物件目録記載第二の(二)の建物を収去して同目録記載第一の(二)の土地を明渡し、且つ本訴状送達の日の翌日から右明渡済みに至るまで一か月金五、〇〇〇円の割合による金員を支払え。

2  主文第一項同旨

3  被告らは各自原告に対し、金三九万五、九四〇円及びこれに対する昭和五四年四月一日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

4  訴訟費用は被告らの負担とする。

5  仮執行宣言

二  被告ら

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告と被告両名間の東京地方裁判所昭和四四年(ワ)第四〇二一号所有権移転登記手続請求事件について昭和五四年三月二九日和解が成立し(以下本件和解という)、本訴に関係ある部分につき要旨次のような内容の和解調書が作成された。

(一) 原告と被告両名とは、亡母甲野ハナの遺産について次のとおり分割してそれぞれ相続取得する。

(二) 東京都荒川区《中略》二番二三宅地四四九・五八平方メートル、同所一〇番五宅地一六九・七一平方メートル、同所一〇番八宅地五・三五平方メートルの三筆の土地については、別紙図面イ点とロ点を結ぶ直線の西側の所有権を原告が、その東側の所有権を被告らが持分二分の一宛共有して、各取得する。

(三) 右による各取得土地上に大部分が存する各建物の所有権はその土地取得者がそれぞれ取得する。

(四) 別紙物件目録記載第四の建物(以下本件第四の建物という)の所有権及びその敷地の借地権は原告が相続により取得し、この建物の賃料は全て原告が取得する。

(五) 当分の間、各取得土地上の各建物について現状有姿の状態を尊重し、相互に異議を述べず、且つ使用料の請求をしない。

2  本件和解により別紙図面イ点とロ点を結ぶ直線を境界としてその西側の前記目録記載第一の(一)の土地(地番は分筆後の地番、以下本件土地という)が原告の所有に、その東側の同所一〇番五、同番八の土地が被告両名の共有となり、同目録記載第二の(一)の建物(以下本件建物という)は被告両名の共有となった。

その結果別紙図面のとおり本件建物の一部である前記目録記載第二の(二)の建物部分が原告所有の本件土地のうち同目録記載第一の(二)の部分にはみ出し、同土地をその敷地として占有している。

3  ところで、本件和解では、各取得土地上にはみ出した他方の取得建物につき、前記1(五)の条項のとおり「当分の間現状有姿の状態を尊重し……」となっている。しかしその「当分の間」とは原、被告双方の各取得建物に居住している賃借人らに建物の明渡を得る等の準備をしそれぞれが建物を改築し得る頃に至るまでの間ということであって、その期間はせいぜい六か月程度と考えられていた。

また和解成立時における現状有姿の状態を引き続き尊重すべき必要性も実益もなくなった場合には、最早右条項に拘束されないと解されるべきところ、被告らは本件和解成立後その取得土地内の本件建物の東側の一部や他の取得建物を取り毀しすでに改築も完了して意図的に本件建物のうち前記目録記載第二の(二)の部分付近のみを残置させている状況にあり、一方原告の方は、その取得土地上にはみ出している右建物部分が障害となって原告取得建物の改築をしようにも出来ない状況にあって、和解当時と利用状況が著しく変り、現状有姿の状態を尊重することは公正でなくその必要も実益もなくなっている。

したがって、被告らは本件土地上に本件建物のうち前記はみ出し部分を所有し、本件土地のうちその敷地である前記目録第一の(二)の土地を占有使用する何ら権限をも有しないというべきである。

なお右占有部分の土地の使用料は一か月金五、〇〇〇円が相当である。

4  被告らは、また本件和解成立後の昭和五五年八月頃別紙図面記載のとおり本件土地と被告ら取得土地に跨って車庫(以下本件車庫という)を建築し、その車庫の一部である前記目録記載第三の部分を本件土地上にはみ出させてその敷地である本件土地のうち同目録記載第一の(三)の部分を占有使用している。

5  原告は、本件和解によって前記1(四)の条項のとおり本件第四の建物につき相続開始時から賃貸人たる地位を承継しその時点からの賃料債権全額を取得したが、被告らは右相続時点から昭和四五年六月三〇日までの間の別紙賃料目録記載の賃料合計金三九万五、九四〇円を集金して権限もないのにこれを保管し原告に返還しない。

6  よって、原告は被告らに対し、本件建物のうち前記目録記載第二の(二)と本件車庫のうち同目録記載第三の部分を収去し、その敷地である本件土地のうち同目録記載第一の(二)、(三)の土地を明渡し、且つ右第一の(二)の土地につき本訴状送達の日の翌日から右土地の明渡済みに至るまで一か月金五、〇〇〇円の割合による賃料相当損害金の支払い並びに別紙賃料目録記載の金三九万五、九四〇円及びこれに対する前記和解成立の日の後である昭和五四年四月一日から完済に至るまで民事所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  答弁

1  請求原因1の事実は認める。

2  同2の事実のうち、本件建物が本件土地にはみ出している敷地部分の面積は知らないがその余は認める。

3  被告らが本件和解で取得した土地内に有する本件建物の東側の一部及び他の取得建物を取り毀し改築したことは認めるが、その余は否認し争う。

本件和解条項の「当分の間」の趣旨は、あくまで各取得土地上に有する相手側取得建物部分について、その現状が変更しない限り互いに現状を尊重し合うというものであり、各取得土地内における使用状況の変更は何ら問題とされていないから、被告らが原告主張のように建物を改築したりしたとしても、前記和解条項の効力は失われない。

4  同4の事実は認否なく、同5の事実は否認する。本件和解における前記1(四)の条項の趣旨は原告主張のように相続開始からの賃料債権全部を原告が取得するというものではなく、賃借人が供託を始めた昭和四五年七月一日以降の分は全部原告が取得するというものである。

第三証拠関係《省略》

理由

一  請求原因1の事実及び同2の事実のうち本件建物が本件土地上にはみ出している別紙物件目録記載第二の(二)の部分の敷地面積(同目録記載第一の(二)の部分の土地の面積)を除き当事者間に争いがなく、右敷地面積が原告主張のとおりであることは《証拠省略》によりこれを認めることができこれに反する証拠はない。

右事実によれば、被告所有の本件建物のうち前記目録記載第二の(二)の部分が原告所有の本件土地のうち同目録第一の(二)の部分をその敷地として占有しているということができる。

二  そこで、被告らに右敷地部分を占有する正権限があるかどうかについて判断するに、結局前記争いのない本件和解条項の「当分の間、各取得土地上の各建物について現状有姿の状態を尊重し、相互に異議を述べず且つ使用料の請求をしない」との解釈が問題となるが、前記争いのない事実に《証拠省略》を総合すると、原告は被相続人亡甲野ハナの実子であり被告らはその養子で原告と被告甲野春子は従兄妹関係にあること、前記和解条項は右当事者間における遺産の土地の分割を建物の位置にかかわらず別紙図面イ点とロ点を結ぶ直線をもってなしたため、原、被告双方が各取得する土地上に相手方の取得する建物の一部がはみ出した状態で分割されるに至ったこと、右の如くイロ線に跨り一部はみ出しとなる建物は被告らの取得する本件建物一棟のほか原告の取得する建物が一棟あり、いずれの建物もそのはみ出し部分のみを撤去することにするとかなり大規模な改築をしなければならなくなること、しかも本件建物はその一部に被告らが居住しているが他の部分は第三者に賃貸しており、原告取得の建物も第三者に賃貸していて現に第三者が居住しており容易に明渡を求め得ないこと、ところで右各建物のほか本件和解により原、被告双方の取得した建物はいずれも建築後相当年月を経て老朽化しており、双方とも右各取得建物を和解成立後そう遠くない時期に取り毀し改築する希望をもっていたこと、しかし先のとおり第三者が居住し明渡を受けることが容易でないため改築時期を明確に出来ず、改築資金調達の見通しも未だ立っていなかったことから、本件和解ではみ出し部分の建物撤去時期を確定時期とするには和解成立に更に多くの日時を要し事実上困難であったこと、また本件土地付近は東京都が防災避難場所として買収する計画があり、本件和解当時それがいずれ実施されることも予測されたこと、以上の事実が認められ(る。)《証拠判断省略》

右認定の事実によると、原、被告双方の各取得土地上に存する相手方取得建物はそう遠くない時期に改築のため取り毀されるか都に買収されいずれ現状が変更されるに至ることが明らかであり、ただその時期が明確でなく、また当事者が親族関係にあることや前認定の事情を考慮すると、はみ出し部分の撤去時期を確定時期とするのは相当でないし必要もないとの判断から、右のような事情で現状の変更あるまでは右はみ出し部分の建物の敷地部分を現状有姿の状態で無償使用させることとし、その趣旨で前記和解条項が出来たことが窺われ、したがって右和解条項の「当分の間」とは前記取り毀し等によりいずれ現状の変更あるまでの間という趣旨に解するのが相当である。

原告は、「当分の間」とは和解成立時から六か月程度であった旨主張するが、これに符合するかにみえる原告本人の供述は自己の理解を述べたものにすぎず、他に右主張を認めるに足りる確たる証拠はない。

また原告は、各取得土地内の利用状況が著しく変った場合などは、例えはみ出し部分の現状が変らなくとも前記和解条項に拘束されなくなると主張するところも、確かに信義誠実の原則に照らし双方の取得土地の利用状況や諸般の事情からみて前記和解条項の効力を認めるのが著しく妥当を欠く場合(例えば他方を困惑させる目的のため殊更はみ出し部分を残置させている場合など)のあることが考えられ、そのような場合は右和解条項にかかわらずはみ出し部分の撤去等を請求できると考える余地があるけれども、本件においては、被告らがその取得土地内の本件建物の東側の一部や他の取得建物を取り毀し改築を完了していることは当事者間に争いないが、《証拠省略》によると、全面改築した他の取得建物は既に空屋であったため先ずその建物を取り毀しアパートを建てて本件建物に居住の賃借人を移住させ、本件建物の一部を改築したものであり、本件建物はその五分の二程度改築されたに止まり後の部分は資金的な理由で改築を後日に見合わせ被告らが現に居住していることが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はなく、右認定の事実によると、被告らが殊更本件建物のはみ出し部分の取り毀しを残置しているとは認め難く、前記和解条項の効力を認めるのを不当とするだけの事情は他に存しないから原告の右主張もまた採用できない。

そうすると、未だ本件和解当時の現状と変らないことが認められる以上被告らは、その所有の本件建物のうち本件土地上にはみ出した前記目録記載第二の(二)の建物により、その敷地である原告所有の同目録記載第一の(二)の土地を無償使用する権限を有するということができるから、原告の右建物に関する本訴請求は全て理由がないといわざるを得ない。

三  請求原因4の事実は、被告らの明らかに争いのないところであるから自白したものとみなされる。

右事実によると、本件車庫が仮に本件和解当時存した車庫を取り毀して新しく作り直したものであるとしても、本件和解の「当分の間……現状有姿の状態を尊重」の前記条項に照らし無償使用が認められる場合に該当せず、他に占有権限を有することにつき何ら主張立証はないから、被告らは本件車庫のうちそのはみ出し部分である前記目録記載の第三の部分を収去し、その敷地である本件土地のうち同目録記載の第一の(三)の土地を明渡す義務があるというべきである。

四  前記争いのない事実に《証拠省略》によると、本件和解調書第八項に「本件第四の建物の所有権及びその敷地の借地権は原告が相続により取得し、右建物の賃料は全て原告が取得する」と記載され、なおその第七項には、本件土地上の原告取得建物の賃料について「昭和五三年三月末日までの分は被告らの取得とし、同年四月一日以降の分は原告の取得とする。」と定められていること、被告らは第四の建物の借家人から相続開始時である昭和四三年一〇月九日以降同四五年六月三〇日までの賃料を別紙賃料目録記載のとおり合計金三九万五、九四〇円集金しこれを保管していること、原告は被告らに対し昭和五四年八月八日到達の書面で右金員の支払を催告したことが認められ、右認定に反する証拠はない。右認定の事実によれば、原告は相続が開始した昭和四三年一〇月九日に遡って本件第四の建物の所有権を取得し賃貸人の地位を承継したものということができ、したがって被告は権限なく右期間の賃料を取得したものということができるから、被告らは原告に対し不当利得として右賃料相当額を返還する義務があり、また前記催告を受けた日の翌日から悪意の受益者として右金員に対する民法所定年五分の割合による遅延損害金を支払う義務があるといわねばならない。

被告らは、右和解条項八項は相続開始時から賃料全部を原告が取得する趣旨でなく賃借人が供託を始めた昭和四五年七月一日以降の分については全部原告が取得するという趣旨であると主張するが、前認定の和解条項第七項に対比し、また遺産分割の効果は特に定めなければ法律上当然に相続開始時に遡ってその効力を生ずる(民法九〇九条)ことから考えて理由がなく採用できない。

五  以上によれば、原告の被告らに対する本訴請求は、本件車庫のうち別紙物件目録記載の第三の部分を収去し、本件土地のうち同目録記載第一の(三)の部分の明渡しと本件第四の建物の賃料金三九万五、九四〇円及びこれに対する昭和五四年八月九日から民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は失当としてこれを棄却することとし、訴訟費用については民事訴訟法九二条本文、仮執行宣言については同法一九六条(但し、主文第一項については相当でないので却下)を各適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 佐々木寅男)

<以下省略>

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